大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)64号 判決

控訴人

奈良賀男

右訴訟代理人弁護士

平賀睦夫

被控訴人

右代表者法務大臣

谷川和穂

右指定代理人

野崎守

古谷和彦

原田勝正

林田喜雄

上月豊久

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金九三八万三二八三円及びこれに対する昭和五七年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

二  被控訴人

1  主文同旨

2  仮執行宣言が付される場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  海軍主計見習尉官は、海軍給與令で明示されているとおり、軍人であることは明らかである。のみならず、原判決の職歴〈2〉の期間中は、控訴人は海軍経理学校補修学生であったところ、旧恩給法二一条は、海軍の学生生徒として教育を受けている期間は公務員に準ずべきものに該当するとしているのである。学生生徒は教育を受けることが、すなわち「職務に服する」ことである。旧陸海軍人は、随時命令により各種学校において教育訓練を受けるように義務付けられ、その教育期間は当然のことながら、恩給・退職手当の計算上在職期間として通算されていたのである。ちなみに、現在の自衛隊でもその点は、同様にすなわち各種の学校で教育訓練を受けた曹以上の者は、右訓練期間は、年金・退職金の計算期間に加えられている。

2  原判決の職歴〈4〉についての判断は法令の解釈上不当であるのみならず、主権国家のあるべき態度として到底容認できるものではない。

(一) 「ポツダム宣言」の受諾によって無条件降伏したわが国の状態は、連合国の「超憲法的」な力が働いたものであることはそのとおりであろう。しかし、国家主権を回復し、戦後四〇年以上も経過した今日、国家の為に犠牲になった国民の権利回復は当然計られるべきである。

(二) 連合国の発した「好マシカラザル人員ノ公務ヨリノ解任ニ関スル覚書」には手続面の規定があり、関係者に対する通知を要件とすることが明白である。すなわち、これを承けた形で制定された昭和二一年二月二八日の閣令・内務省令第一号の一条二項は、右解任にさいして本人に通知をすることをその要件としている。控訴人は、右のような通知を受けたことはない。本人に対する通知なしに軍人としての身分を剥奪することは、ポツダム緊急勅令自体が定めた手続にも反しているのである。また、昭和二一年九月一七日付けの復員庁通牒(乙第四号証)は前記閣令・内務省令より下位のものであり、これによって省令の定めた手続規定を排斥することはできない。いずれにしても控訴人に対する予備役編入処分は無効である(もっとも「予備役」も軍人であって、予備役編入により軍人たる身分を喪失することはない。)。

(三) 仮に連合国の超憲法的権力による超法規的措置により、控訴人の軍人としての身分が剥奪され、戦争犯罪人とされたとしても、日本国は主権を回復したのであるから、右のような措置は改善されるのが当然である。

昭和二七年八月五日法律第二九六号「未復員者給与法等の一部を改正する法律」も、恩恵的なものではなく、日本国として正常な国家体制に復帰したもとでの当然の措置である。退職手当法を右の観点から解釈するのは、国民に犠牲を強いた国として当然の義務である。

3  厚生省に勤務していた河角泰助氏、裁判所に勤務していた鍵山鉄樹氏は、いずれも控訴人と同様の立場で、戦犯として服役したが、その期間も退職手当算定の基礎となる在職期間とされ、その計算で退職手当を支給されている。

二  被控訴人

1  控訴人の主張は争う(ただし、河角泰助氏について、控訴人の主張するとおりの計算方法で算出した退職手当を支給したことは認める。右は取扱を誤ったものである。)。

2  なお、退職手当法附則八項の趣旨からいっても、軍人軍属の勤続期間は、旧恩給法の取扱を参考とすべきであり、同法二七条三項の規定どおり、準軍人は「戦務、戒厳地境内ノ勤務又ハ外国ノ鎮戌ニ服スル」場合に限り就職すなわち恩給算定の基礎となる勤続年限に算入されたのである。してみると、戦務等に服していない準軍人としての勤務期間は、退職手当算定の基礎とすべきでない。

第三証拠関係(略)

理由

一  当裁判所も、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一五枚目裏三行目「結果」の次に「と」を、同八行目「外務属は」の次に「、前記争いのない事実、(証拠略)、原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が当時の高等試験行政科試験に合格後、採用されて勤務した官職名であることが認められるが、」をそれぞれ加え、同一〇行目「適用されない」を「適用されず、したがって独立してそれだけでは退職手当算定の基礎となる期間としては通算されない」に改める。

2  同一六枚目裏四行目「すなわち、」から同末行「相当である。」までを、以下のとおり改める。

「すなわち、退職手当法及びその付属法令中、同法附則八項は、『……旧恩給法の特例に関する件(昭和二一年勅令第六八号)一条に規定する軍人軍属としての勤続期間は、附則四項の規定にかかわらず、その者の勤続期間から除算しない。』と規定している。右規定は、退職手当法制定以前においては、国家公務員の退職手当の臨時措置に関する法律(昭和二五年五月四日法律第一四二号)七条三項が、右『旧恩給法の特例に関する件』一条に規定する軍人軍属としての在職期間を、退職手当算定の基礎となる勤続期間としていっさい通算していなかったため、これを改める趣旨を明示した規定である。ところで、右法律第一四二号七条三項が除算すべきものとした期間は恩給算定の基礎となるべき軍人、軍属としての在職期間であり、そもそも恩給算定の基礎とならない期間は当然退職手当の勤続期間には当たらないものと解される(ちなみに、弁論の全趣旨によると、右法律第一四二号制定以後退職手当法制定までは、恩給算定の基礎となる勤続年限に全く通算されていなかった準軍人としての勤務期間は、もとより退職手当に関し通算されていなかった。また、昭和二二年四月以降右退職手当の臨時措置に関する法律制定以前の間においても、召集等による場合を除き軍人軍属または軍関係の諸生徒であった期間は、退職手当算定の期間として通算されていなかったことが認められるのである。)。してみると、退職手当法は、旧軍人軍属としての在職期間については、施行令附則五項の規定(それ自体では何ら限定していないようにも読める。)にかかわらず、旧恩給法において恩給算定の基礎となった在職期間のみが通算される(除算されない)趣旨、すなわち旧恩給法の取扱いを承ける趣旨で立法されたものと解するのが相当である。」

3  同一七枚目裏一、二行目「認められるばかりでなく、」を「認められるのである。」に改め、その次の「海軍経理学校」から同六行目「合理的である。」までを削り、同一〇行目の次に改行して以下のとおり加える。

「控訴人は、『海軍給與令』(明治三七年一月二二日勅令第六号)によれば、海軍見習尉官(経理学校生徒も)が『軍人』であることは明らかであるから、その期間は通算されるべきである旨主張する。右海軍給與令(〈証拠略〉)ではそのように規定されていることは明らかであるが、退職手当法は前述のとおり旧恩給法の取扱い(軍人は、旧恩給法上、他の一般公務員に比較し、その期間や金額について格段に優遇されていたのであり、旧恩給法の準軍人についての右の扱いも、合理的な理由があった。)を承けたものと認められるから、控訴人の右主張は採用の限りでない。」

4  同二一枚目裏二行目末尾に「したがって、厚生省援護局長が、恩給法の前記規定を適用して、控訴人の海外での抑留(戦犯としての拘禁)期間等を、公務員としての在職年数に加算する取扱をしたことから、退職手当法の解釈としても、控訴人が現役軍人としての身分(通算の基礎となる意味での)を喪失しないものとすることはできず、右期間は退職手当算定の基礎となる在職期間に算入できないというべきである。」

5  同二一枚目裏三行目冒頭から同二二枚目表三行目末尾までを以下のとおり改める。

「次に、控訴人の反論(原審及び当審)について、これまでの判示では不十分と思われる点を検討する。

まず、控訴人は、誤った軍事裁判の結果に基づいて、国が控訴人の軍人である身分を喪失させたのは失当であると主張する。前記争いのない事実、(証拠略)、原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、終戦後間もなく、当時駐留していたオーシャン島において、残留島民全員を殺害(一〇〇数十人、ただし一人のみ生存)したことにかかわったとの理由で、戦争犯罪人として起訴され、連合国(豪州)の軍事裁判により有罪の判決を受け、以後拘禁されたことが認められるが、右処分の前提となったポツダム緊急勅令は、日本国憲法の規定にかかわりなく超憲法的効力があると解さざるを得ず、したがってそれに基づく諸政令、いわゆるポツダム命令も、超憲法的効力を有するものとして扱わざるを得ないから、右軍事裁判の結果に基づいて、国が控訴人の軍人としての身分を失わせたとしても、その効力が妨げられると解することはできず、その結果として以後の期間(一部)が、退職手当算定の基礎となる在職期間に算入されなかったとしても違法とはいえない。

また、控訴人は、国は控訴人らのように国家の戦争による犠牲となった者の権利回復を計るべきであり、主権が回復した以上、ポツダム命令により失われた身分等についても回復の措置がとられるべきであるなど主張する。しかしながら、本訴で問題とされている公務員の退職手当は、公務員として勤務したことに対し支払われるもので、公務に従事しなかった拘禁中の期間を退職手当算定の基礎となる期間に算入するかどうかと、戦争による犠牲者の権利を回復(公務員だけの問題ではない。)するための手段を講ずることとは、別の次元の問題といわざるを得ない。控訴人の主張するような意味での権利回復が相当であるとしても、恩給法のように立法がなされれば格別、退職手当法の解釈としては、控訴人の主張は採用できないというほかない。

さらに、控訴人は、軍人としての身分を喪失したとされる当時、日本国の統治が及ばない外地にいたから、右根拠法令の効力は及ばないとも主張する。しかし、日本国民である以上、外国にあっても法令の効力は原則として及ぶものと解されるし、まして、控訴人が拘禁されていたのは、連合国の一員である豪州の軍事裁判により、かつ当時その統治下にあったマヌス島であった(前記争いのない事実)ことに鑑みると、前記ポツダム命令の効力が控訴人に及ばないと解することはできない。

次に、控訴人は、軍人の予備役編入は、公務員としての身分を奪うことであり、通知を要すると主張する。(証拠略)によると、昭和二一年二月二八日の閣令・内務省令第一号は、前記ポツダム緊急勅令に基づく前記昭和二一年勅令第一〇九号施行にともなう政令として、『戦争犯罪人』に該当する旨の指定は本人に対する通知をもってなす旨規定していることが認められる。しかし、覚書該当者のうち控訴人のように軍事裁判で懲役二〇年に処せられたような立場の者は、右の要件に該当することは明白であり、そのことを争う余地もなく、そもそも右措置が超法規的な効力を有したポツダム緊急勅令下での扱いであったことを併せ考えると、軍事裁判の刑が確定したことにより、覚書該当者の指定の通知をすることなく、昭和二一年九月一七日付けの復員庁通牒(〈証拠略〉)により現役軍人から予備役編入とし(この予備役編入についても、控訴人に通知がされたことを認めるに足りる証拠はないが、海軍武官服役令によれば辞令によらず予備役編入も可能であり、それが右のように超法規的な効力を有したポツダム緊急勅令下の扱いであったことも併せ考えるとやむを得ない措置と考えられる。)、給与を支給せず、退職手当法上の軍人(公務員)としての身分を喪失させたとしても(なお、予備役に編入された者は召集されない以上給与も支給されないことは、右海軍給與令に照らして明らかであるから、予備役編入後の期間を、退職手当通算の基礎となる勤続期間に算入することもできない。)、右処分が当然無効でその効力が生じていないと解することもできないというべきである。

最後に、控訴人は、控訴人と同様の立場にあって、軍事裁判により拘禁されていた期間を通算して、退職手当が算定された例があるとも主張し、河角泰助氏については被控訴人もこれを争わないが(鍵山鉄樹氏については、〈証拠略〉に照らし、控訴人の主張を認めることはできない。)、それは退職手当法の解釈運用を誤ったものというほかなく、右のような事例があるからといって、控訴人の職歴〈4〉を、退職手当算定の基礎となる勤続期間に該当すると解することはできないというべきである。」

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 裁判官 浅野正樹)

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